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社会学入門 第8講 地位と役割(4) [社会学入門]

社会学入門 第8講 地位と役割(4)

 前回の授業で説明した規範がどこにあるのか、という課題について最初にまとめておきたいと思います。
 私たちはすでに存在する社会に生まれ落ちるのですから、規範は自分のソトにあります。私たちはソトにある規範を模倣や教育、あるいはコミュニケーションの中で自分の中に取り入れ、取り入れた規範を自分の規範として利用します。
 そして実際に何か行為を行うときには、この規範を利用します。ただしこの規範は自分の中でだけ完結しているわけではなく、常にソトにある規範と照合されています。規範は社会の変化、地位の変化、期待される役割の変化などによって変わるからです。実はソトにある規範も個人の中にある規範と照合されることによって、少しずつ変化しています。そして互いにソトにあって、同時に自分たちの「間」にある規範を照合し合い、自分たちの規範をいつも新しい状態にしているのです。だから私たちはいつもお互いが同じ規範を共有することになり、社会の秩序が保たれ、私たち自身も何も問題なく生活することができます。

 しかし世の中にはいったん内面化した規範を自分独自に発展させ、その規範にのみしたがって行為する人がいます。この人たちはソトにあり、私たちが共有しているはずの規範を参照しません。今回はこうした「自分の規範」にだけ従っている人について考えてみたいと思います。


 今回の題材は二ノ宮知子原作のマンガをテレビドラマ化した『のだめカンタービレ 第1話』です。このドラマは、フジテレビ月9ドラマとして放送されました。関東地方の平均視聴率は18.8%を記録し、クラシック音楽ブームの火付け役になりました。
 
放送期間:2006年10月16日~2006年12月25日(全11話)

キャスト
野田 恵  : 上野樹里
千秋真一  : 玉木 宏
峰龍太郎  : 瑛太
三木清良  : 水川あさみ

スタッフ
プロデューサー :若松央樹、清水一幸
脚本      :衛藤 凜
演出      :武内英樹、川村泰祐、谷村政樹
音楽      :服部隆之


最初に今回の内容に関連すると思われる「千秋語録」を列挙します。後に続く議論の参考にしてください。

「離せ~ オレ様に触るナァ~」(字幕)
「なぜ、日本にいなければならないのでしょう」
「(オレ様に)余計なことを教えんな!」
「普通、そんな勢いであけるか?」
「手料理というなら、これくらいのものを作ってから言え」
「オレの音を聞け」
「オレが指導しきれなかった」

次に千秋に対する言葉を集めてみました。

「本当にエラそうね」(後輩)
「何様、オレ様、千秋様」(後輩)
「負け犬なんか嫌い」(彩子)
「千秋様になれなれしく話しかけて」(真澄)
「私は4年間、千秋様のことを見つめているだけよ」(真澄)
「この大学で一番ピアノ上手いんだから、後輩指導と思って」(谷岡教授)


 さてこのドラマに登場する千秋の行動の規範はどこにあると考えられるでしょうか? 千秋は他の人のように自分のソトにある規範を意識しないで、自分の中にある規範にだけに基づいて行動しています。実はこのドラマに登場する他の登場人物のだめや峰も「自分の規範」だけで行動しているようにみえます。たとえば、ソトの規範を知らないため、自分と同じピアノ科に属し、非常に優秀で有名な「千秋真一」の名前がすぐに出てきません。峰は「ロックこそ音楽」と叫んでいます。これらは明らかに自分の規範だけに基づいて行動していることを示しています。
 こうした千秋、のだめ、峰のように行動をする人を、私たちは「自己中心的」あるいはそれを省略して「ジコチュー」と称しています。

 「ジコチュー」を辞書的に定義すれば次のようになります。

「自分自身が世界の中心にある考え、自分を基準に、自分の視点だけで物事を捉える。」

ジコチューは他人の視点に立って物事を捉えることはありません。他人の視点に立って物事を捉える能力は、発達段階で学習する人間の能力です。ジコチューはせっかく学習した人間に特有な能力を使っていません。
 自分を基準にして考えていますから、他人が自分をどのように見ているかということに関心がありません。そんなことはどうでもいいのです。
 のだめ、峰、そして彩子の行動はジコチューにあてはまります。

 それではどうしてこうしたジコチューが誕生してきたのでしょうか? これにはいくつかの理由が考えられます。ここでは簡単に思いつく理由だけに限って説明しましょう。
 一つは「他者との接触時間の低下」です。ご存じの通り、この数年で日本は少子化が進み、子どもの数が減りました。兄弟姉妹児の数が減少した家族も増えています。親はというと、現在は二人ともに働かないと家計を維持できません。地域によって差はありますが、祖父母世代と同居するということも少なくなり、その結果、子どもたちは誰かと一緒に過ごす時間よりも一人で過ごす時間の方が長くなっています。
 もう一つは習い事が増加し、また勉強をする時間が増えたことで、同年齢集団で過ごす機会が減少したことがあげられます。確かに学校では集団生活を行っていますが、その時間だけで、放課後は集団で活動するよりも2,3人か、1人で移動しています。
 このように人間との接触時間が減少すれば、他者が何を考えているのか、ということに関心がなくなります。一人で過ごす時間の方が多いため、他者に関心をもっても意味がないからです。
 最後に他者も自分と同じように考えていると誤解しています。自分の規範を他者ももっていて、自分が考えていることに他者も同調すると「思いこんでいる」ということです。
 総合的にジコチューはジコチューになるように育てられたと言えます。実は現在の社会にはジコチューが増殖しています。大学での私語の増加も、実はジコチューが増殖したことの証拠です。他ならぬ自分が私語をしてもいいと、判断することは、他者も同調すると考える人が、私語を行います。他者が迷惑しているというようなことにはまったく関心をもちません。自分の規範はみんなの規範だからです。皆さんのまわりにはこうした人間が増殖していませんか?

 さてそれでは千秋がどうでしょう。千秋はジコチューなのでしょうか? 千秋語録を見ればわかるように、千秋は確かにジコチューです。しかし千秋に対する他の人びとの言葉、あるいは次のような千秋の言葉から、千秋はたんなるジコチューではないことがわかります。

「オレにはわかる。こいつには特別なものがある。・・・そしてそれに合わせられるのはオレ様くらいだ」

「でも合わせてみせる」

この言葉は今回に限らず、何度も登場します。第2話では峰のめちゃくちゃなヴァイオリンの伴奏をやるときに同じ言葉を発しています。
 千秋は強い「自負心」をもっています。千秋の自負心の源泉は、音楽についての「天性の才能」、「家族の資源」(父親は世界的なピアニスト、家族にも音楽好きが多く、大金もち)、「努力による技能の習得」の3つです。彩子に「負け犬なんか嫌い」と言われたときに強い衝撃を受けたのは、強い自負心があるからでした。
 さてこのようにジコチューに「自負心」が加わると、「オレ様」になります。千秋はジコチューに強い自負心が加わったオレ様なのです。

 千秋の技能や才能は他者からも認められています。つまり自負心に見合う客観的な技能をもっているのです。もちろん千秋も他者から認められることは嬉しいでしょうけれども、ジコチューなのであまり関心がありません。オレ様になる多くの人は、自負心に見合うだけの努力をし、また才能をもっており、本当のオレ様は他者からもまつられます。
 しかし世の中には「自負心」に見合う実力のない「オレ様」があふれています。しかし自分に実力がないということに気づきません。なぜならジコチューなので他者に関心をもってないからです。本当のオレ様であれば、ジコチューであってもその存在を認められますが、実力のないオレ様は、たんなるジコチューなので、孤立してしまうでしょう。
 ちなみにのだめは自分の才能に劣等感があるため、かわいいジコチューのままです。峰はオレ様の千秋の毒気にあたってジコチューでなくなっていきます。


 最後にドラマのオチについて考えてみましょう。「落ち専」谷岡にのだめと一緒にモーツアルトの「2台のピアノのためのソナタ」を練習するように指示されます。千秋は谷岡から「後輩指導と思って」と言われて、本当に後輩指導を行うためにのだめを指導します。
 しかし谷岡の意図はこれとは異なります。のだめを教えるように指示しながら、実際には「千秋自身が音楽の楽しさに気づくために」、練習させました。つまり谷岡は千秋に言葉とは裏の役割を期待しているです。本来、音楽に詳しい千秋であれば、こんな意図に気づくはずですが、ジコチューなので、他人の役割期待に関心がありません。だから谷岡の意図には気づきませんでした。練習が終わって、感動している自分に気づいたときにはじめて、谷岡の意図に気づいたのです。


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