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社会学入門 第10講 様々な社会学理論(1) 交換理論 [社会学入門]

社会学入門 第10講 様々な社会学理論(1)交換理論

 今回の材料は、『鋼の錬金術師』(TVアニメ版)第1話、第2話です。原作は荒川宏のマンガで現在も連載しています。TVアニメ版の放送をすでに終了し、劇場版によって完結しました。
 『鋼の錬金術師』の世界では錬金術が科学として成立していて、国家レベルの資格制度が確立しています。この物語の主人公エドワード・エリックは国家が認めた錬金術師、国家錬金術師で国ために働く代わりに国から特別待遇を受けていました。

 アルフォンスのナレーションの中に「人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできない」という言葉があります。この言葉はエドとアル二人の人生訓になっています。
 もう一つストーリー展開の中で重要な考え方として、「質量1のものからは質量1のものしかつくれない」ということを示されています。これを「等価交換」と呼び、錬金術の原則して紹介します。

 このように『鋼の錬金術師』では「交換」が物語のキーワードになっています。「交換」は『鋼の錬金術師』に限らず、私たちの日常生活においても重要な行為です。交換がなければ社会が成立しないという側面もみられます。
 日常生活の中での典型的な交換は、「経済的交換」でしょう。私たちは店で商品を購入する時には貨幣や貨幣に代わるもの(商品券、ポイント、カードなど)と交換します。労働も経済的交換です。私たちは労働と交換に賃金を受け取ります。経済活動は「交換」がなければ成立しません。
 経済的交換以外にも様々な交換があります。そもそも会話は言葉の交換です。交換のない会話は単なる独り言になってしまいます。その他、挨拶も交換を前提として行われます(年賀状も)。結婚式の祝儀と祝儀返しも交換です。愛情や友情といった感情にも交換があります。こうした経済活動に関わりのない交換を「社会的交換」と呼びます。

 社会的交換が成立するためには次のような条件が必要です。

1.他者と交換しなければ目的が達成できない場合

 自分で作れない物品、他人が所有する物品を入手する場合には、贈与や奉仕を提供することで、それらの交換として物品を入手します。物品に限らず特定の人しか知らない情報を入手しなければならない場合、交換という手段が使われます。他の人のことをよく知りたいと思ったら、その人と密接なコミュニケーションをとらなければなりません。このように交換が前提となった行為があります。

2.目的達成を促進する手段として有効な場合

 鬼退治に出発した桃太郎は吉備団子と交換に猿、犬、キジを家来にしました。これは仲間がいれば、鬼が退治しやすくなるからです。あるいは、企業では出世のため上司に贈り物をしたり、言われた以上に働く人がいます。これは出世の促進のために上司と交換するからです。


 ここで今回の材料をみてみましょう。今回の教材ではロゼという少女が登場します。ロゼは太陽神レトの教会に通い、教主の話を熱心に聞き、教会のために奉仕し、また人々を助けます。なんのためにこうしたことを行うのでしょうか。ロゼは、教主に恋人をよみがえらせてもらおうとしているのです。つまり奉仕や信仰と恋人の復活とを交換しようとしています。ロゼは必死に奉仕していますが、教主は「まだその時期ではない」と答えました。なぜなのでしょう。
 ここでポイントになるのは、錬金術について説明しているエドの言葉です。エドは、「錬金術の基本は等価交換だ」と述べています。何かを得ようとしたらそれと同等の代価が必要だということです。ロゼの場合も、恋人を復活させるだけの代価が支払われていないと判断されたのです。


 同様に経済的交換では等価交換が基本原則になっています。商品の価値は社会や時代、他の経済的状況と関連して変化しますが、少なくとも多くの人が等価と考える価値と交換します。現在、原油価格が高騰し、それに伴ってガソリン代が高騰してます。これについて世論は「否」「おかしい」という不満の声を上げています。それはガソリンの価格が「等価」だと納得できないからです。とはいえ、ガソリンは購入しなければ生活できないものですから、不満をもっていても購入します。購入必要性がなく、「等価」だと考えられない場合には、購入しません。
 前述したように購入者は必ず商品と交換に商品と等価の貨幣あるいはその代替物を渡します。商品を販売する人は、不良品を販売することは許されません。もしも商品と交換に貨幣を払わなかったり、不良品を販売すると、罪を犯したと認定されて罰や制裁を受けることになります。このように経済的交換では相互に債務が課せられています。この相互に債務が課せられていることを双務性と呼びます。そして経済的交換における債務をとくに「契約的債務」と呼んでいます。
 交換における等価性と双務性を合わせて「互酬性」と呼びます。経済的交換ではこのように互酬性が交換成立の前提条件となっています。社会的交換においても互酬性の確保が重要ですが、経済的交換のように必ず確保されるわけではありません。交換される内容が等価性を確保しない場合もありますし、双務性が実現されない場合もあります。社会的交換で行われる交換の内容は貨幣のように客観的な基準がありません。あくまでも双方の合意によって行われます。双務性については経済的交換のように契約的債務となっていないため、贈与されても返礼しないことが生じます。ロゼの場合、教主は最初から恋人を復活させるつもりはありませんでした。契約的債務ではないからです。ストーリーの展開上、復活したように見せかけましたが、実際に復活させたわけではありません。もちろん実際に錬金術によって人間を復活させることもできない、と設定されています。社会的交換では、契約的債務ではなく「道徳的債務」であり、贈与されてお返しをするかどうかは道徳観に依存しているのです。

 それでは社会的交換が成立することによって、何が生じるのでしょうか?
 たとえば好きな人ができたとしてます。相手に好きだという感情を知らせるために贈り物をしたり、相手の世話をしたりすると思います。相手は贈り物を捨てないで持ち続け(あるいは使い)、自分に贈り物をしたり世話をしたりすれば、互酬性が確保されます。そして社会的交換が成立します。そのとき、二人は恋人同士になったと言えるでしょう。つまり二人の関係が大きく変化したのです。
 あるいは会社の上司に業務以外の依頼を受けたとしましょう。たとえば妻の買い物につきあう、上司の子どもと遊ぶ、上司のホームパーティに招かれるなど。断れば互酬性は確保されません。しかしながら上司の依頼を受けて、上司の妻の買い物につきあったり、子どもと遊んだり、ホームパーティに出席すれば、互酬性が確保され社会的交換が成立します。そうすれば上司は部下である自分を信頼し、私的な領域だけでなく公的な領域においても重要なプロジェクトを任せてくれるようになるでしょう。結果として昇進がはやくなる可能性が高くなります。
 このように社会的交換が成立すれば、当事者同士の結びつきの強化、あるいは新しい関係の形成が行われます。一般に互酬性が確保されれば、当事者同士の対等な結合が促進され、社会的統合が形成されるのです。『鋼の錬金術師』に登場するエドとアルの兄弟の間には、いわゆる強固な絆が形成されています。ストーリーが展開される中で紹介されるように、兄弟の間には社会的交換が成立しているからです。人間関係は、繰り返される社会的交換によって強くもなり弱くもなります。その際、ポイントとなるのは互酬性の確保です。
 互酬性が確保できない場合はどうなるのでしょう。そうなれば互酬性が破綻し、当事者同士に地位の差(たとえば支配-服従)を生じさせることになります。たとえばいつもおごられるばかりで、それに対してなにも贈与しなければ、おごられる人間はおごる人間に対して負い目を感じ、要求されることを断れません。互酬性が確保されず社会的交換が成立しないからです。
 日常生活の中では、この仕組みを利用した関係が存在します。先輩後輩関係や男女関係によく見られます。体育会系のクラブでは、先輩が後輩に食事をおごることが常態化しています。すなわち互酬性の確保されない社会的交換が常識化しているのです。支配-服従の関係が強化されるような、互酬性が確保されない社会的交換がなぜ常態化したのでしょう。これについては次回以降のトピックで扱います。男女関係における互酬性が確保されない社会的交換、男性が食事代を支払う、については表面上互酬性が確保されていないだけで、実は互酬性が確保されています。これは女性側の心理を考えれば、理解できるでしょう。
 社会的交換では互酬性と非互酬性のバランス、緊張状態の中で行われています。互酬性をどのように確保するか、そのバランスによって当事者同士の関係が変化するからです。

 さて、『Anego』のシーンをもとに社会的交換について考えてみましょう。『Anego』の中で経営戦略部部長阪口が野田奈央子の要求なクレームを「ハイ!ハイ!」と答えながら、素直に受け入れているシーンがあります。このシーンで描かれた人間関係は少し奇異に見えます。阪口部長の会社における構造的地位と、一般事務職正社員である野田奈央子の構造的地位を考えれば、一般事務職のクレームは本来、聞き入れるべき内容ではありません。なぜならそれぞれの地位に与えられた役割と内容が一致していないからです。一般事務職正社員に期待された役割は・・・・。しかし長期間にわたって同じ業務をこなすうちに、その業務について「ベテラン」になり、じょじょに期待された構造的役割とは異なった対人的役割が負荷されるようになりました。阪口部長がそば屋で野田奈央子に依頼している役割は、構造的役割ではありません。しかも非公式の依頼です。奈央子自身は部長の依頼を断ることができます。しかし奈央子はその依頼を断らずに引き受け、自ら汚れ役になります。
 さてこの非公式の役割と交換に部長が奈央子に渡したものは・・・。「そば1枚」です。これでは等価性が成立しません。このように野田奈央子と阪口部長との間には互酬性が成立しない「交換」関係があります。互酬性が成立しないため、阪口部長は奈央子に対して「負い目」を感じています。こうした偏った関係が成立しているため、阪口部長は奈央子の苦情を受け入れているのです。

 もう一つ『Anego』のシーンをみてみましょう。最後に近い契約社員の契約を更新するかどうかが決まる料亭でのシーンがあります。このシーンで、阪口部長は携帯電話で誰かと会話しています。そして「あなたが言うのなら」といって、契約社員長谷川真奈美の契約打ち切りという話しが、なくなります。この会話の相手は戸田菜穂演じる加藤博美です。第1話では明らかにされませんが、阪口部長と加藤博美は不倫関係にあります。不倫関係に互酬性が確保されているのかどうか、という問題はカップルによって異なります。この二人の場合には、阪口部長が加藤博美を振り回している側面が多いようで、加藤博美の方が優位な立場にあります。そこで阪口部長は加藤のいうことを聞くのです。

 対等な人間関係を形成・維持するためには、互酬性を確保した交換が前提になります。もしも等価性と双務性を確保しないまま、関係を続けるとどちらかが「負い目」を感じる、偏った人間関係が形成されます。もちろん相手に「負い目」を感じさせるために、わざと互酬性を確保しない場合があります。こうした場合、大部分が友人関係にはなりません。
 交換は人間関係を分析するための重要な理論です。ここでは非常に単純な交換しか触れませんでしたが、ここで紹介した交換を応用した様々な考え方があります。次週以降の授業でそうした考え方を紹介しましょう。


鋼の錬金術師 vol.1

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  • 出版社/メーカー: アニプレックス
  • メディア: DVD



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bunkei

 今回のコメントには、「授業中に風邪をひきました」というコメントがありました。冷房の調整をしているつもりなのですが、うまく調整できていなかったのかもしれません。教室が広いため、けっこう室温にムラがあるんですね。寒い時は、「さむ~い」と言ってください。

 レポートについてですが、『Anego』をもう一度観たい、という方がおられたのですが、レンタルショップのDVDが返却されず、本を購入されたとのこと。ストーリーの大枠は同じなので、小説をもとにして書いていただいてもいっこうにかまいません。コメントを書いた方には、一応、メールを出しておきます。

 それから、こ~んなドラマが観たい、アニメが観たい、といろいろリクエストをいただきました。今回、すべてのリクエストにお答えするのは、難しいです。ということで、来年度の授業にいかしたいと思います。これからもこんなドラマ、アニメがあるという情報をお願いいたします。


by bunkei (2008-06-14 15:22) 

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