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社会学入門 第6講 地位と役割(2) [社会学入門]

社会学入門 第6講 地位と役割(2)

 今回のテーマは引き続き「地位と役割」です。題材である『オレンジデイズ 第1話』のオープニングシーンで企業面接の帰り、地下鉄のホームにいる櫂が登場します。このシーンには携帯電話で話をしながら頭を下げるサラリーマンと、合コンの話をする大学生がいます。そして櫂は、

「僕は今、学生と社会人の中間にいる」

というセリフを言います。就職活動中の4年生の人は同じような印象をもっておられるのではないでしょうか? このシーンは社会学的にはどのような意味をもっているのでしょう。

 続いてカフェでのシーンです。サトエリ演じる女性に「ゲー」だと告げる場面の後で、翔平と櫂が口げんかをします。その中で櫂の言葉を受けて啓太が次のような台詞を言います。

「試験落ち続けるとさ、新橋のガード下で酔っぱらってるサラリーマンも輝いて見えるよな。ああ、この人たちはちゃんとどっかの企業が採ってくれたんだ。どっかに所属してんだ、って。俺ら、だって大学卒業したらただのプーだぜ。どこどこの誰々って言えないんだぜ。」

このセリフは何を意味しているのでしょう。今回はこれらのシーンを社会学的に分析することから始めます。

 櫂が使った「学生」や「社会人」という言葉を、社会学では「地位」(status)と呼びます。辞書的には、「地位とは、集団や社会に占めるその人の立場」と定義できます。人間は誰もが「地位」があります。ドラマの中に登場した地位について考えてみましょう。娘や母親といった家族内の地位、大学の学生、バイト先のチーフ、プロカメラマンの助手、自分で稼いで生活している「社会人」などの地位が見られます。そもそも「名前」は人間が最初につく「地位」です。

 人間にとって「地位」とは何でしょう。物事の意味を考えるときには、仮にそれが「ない」場合を考えてみるとわかる場合があります。
 もし人間に地位がないとすると、どういうことが生じるでしょう。たとえば、「名前」がなければどういう問題が生じると考えられますか。我々は記憶喪失によって名前を忘れてしまった人がいると、必ず名前をつけます。名前のないペットにも最初に名前をつけようとします。名前のないペットを見ると、「なんて、呼んだらいいの?」と言って、名前がついていないことに強い疑念を示します。
 それでは名前は「相手を呼ぶだけ」のためにあるのでしょうか?

 「地位」が何であるのか、という疑問に対する答え、名前がどんな働きがあるのか、ということについての回答は、啓太の言葉に隠されています。啓太は、「どこかに所属してんだ。どこそこの誰々」と言っています。この「所属」というのが「地位」と密接に関係しています。
 地位は、個人がどこに所属しているのかということを表しています。名前があるということは、生まれたときから所属先が「ある」ということになります。櫂は結城櫂という名前です。ということは櫂は「結城」という家に所属する「櫂」ということを示します。
 どこかに所属しているということについてもう少し深く考えてみます。我々がどこかに所属しているということについて、啓太は次のように言っています。

「俺ら、だって大学卒業したら、ただのプーだぜ。どこどこの誰々って言えないんだぜ」

啓太は所属先がないということについて、大きな不安を感じています。これは所属感の喪失ということであり、アイデンティティに関わる問題です。

 アイデンティティとは何か。アイデンティティとは「個人の存在を証明すること」です。そして個人の存在を証明するのは、自分自身では難しくなります。「自分自身で自分のことを証明しても、それを誰もが信じるとは限りません」。「社会的に存在が認められ」ないと、自分の存在を証明したことになりません。すなわち自分の存在は「客観的事実」によって証明される必要があります。
 地位は多くの人が認める立場で客観的です。ある地位に所属しているということが、その人の存在を証明することになります。

 オープニングの「学生と社会人の中間」というシーンは、「所属がはっきりしない中途半端な状態」を示しています。つまり主人公が「不安定」な状態にあるということを表現します。地位が変化するということは所属先が変わるということになり、心理的に「アイデンティティが揺らぎ」を感じているという状態になりやすくなっています。学生から社会人になるというのは、まさに地位が変化するということであり、櫂は「アイデンティティの揺らぎ」を感じ、不安定になっています。
 櫂の冒頭のナレーション、「そして、僕は子どもでいられる最後の年に、彼女と出会ったんだ」、という言葉が示すように、このドラマ全体には、登場人物たちの「揺らぎ」が描かれています。「学生と社会人の中間」というシーンはドラマ全体に通じるテーマを表現しているのです。
 さて実際、「フリーター」や「プー」と表現される人たちは、明確にはどこにも所属できない不安定な状態にあります。この状態は「アイデンティティ喪失」です。長期間にわたって「アイデンティティ喪失」の状態が継続すると、人間として生きていくことがつらくなります。極端に言えば、「存在していない」ということと同義だからです。そういう人たちには明確な「地位」を与える必要があります。

 地位といっても多種多様です。ここでは4種類の地位について説明します。<人との関係性で見た場合>「構造的地位」と「対人的地位」の2種類があります。<時間的見た場合>地位は「一時的地位」と「恒常的地位」に分けられます。これらの種類の地位は、実際には明確に区別されるわけではなく、複数の地位に同時に所属したり、いくつかの地位を何度も繰り返して変わったりします。

<構造的地位>
 構造的地位は、職業、年齢、性差、家族内の立場、社会階層など社会の多くの人が、「共通して」固定的なイメージとらえる「地位」のことです。いわゆる「社会的地位」(social status)にあたります。ドラマに登城した構造的地位には以下のような地位がありました。

学生、サラリーマン、兄妹、母と娘、大学教員、大学事務職員、店員など

<対人的地位>
 我々が友人たちと一緒にいるとき、最初から集団内の立場が決まっていることはありません。集団内の地位は、「他者との関係」(相互作用)、実際のやりとりの中で、自覚的あるいは自然に形成されます。これを「対人的地位」と呼びます。
 ちなみに「対人的地位」が多くの人に承認され、固定的なイメージでとらえられるようになると「構造的地位」になります。

 ドラマの中で描かれた対人的地位には次のようなものがあります。

就職課掲示板前での櫂と沙絵の対人関係

 沙絵に対する櫂の話し方を見ると、櫂は自分が上級生、あるいは少なくても就職活動上の先輩だと考えていることがわかります。そして櫂は「先輩」のように対応しています。

櫂、翔平、啓太の対人的地位
→女の子とのつき合い
→要領よく世間を渡っていく
→きまじめで人望がある

櫂と真帆の関係

 櫂と真帆の地位は、対人的地位→構造的地位の典型的な例です。ドラマの中で櫂は真帆に「あなたは僕の恋人なんだから」という言葉を何度か言います。これは「恋人」という構造的地位にあることを明言しています。それに対して真帆の方は、構造的地位に所属することに対して少し抵抗感があるようです。

<一時的地位>
 「一時的地位」は、その場の状況によって一時的に占める地位のことです。たとえば、電車やバスの乗客、デパートの客、通行人などがあげられます。
 ドラマでは・・・
面接試験の受験生、地下鉄の乗客、カフェの客、遊園地の客、タクシーの客が対人的地位の例になります。

 一般に「客」は一時的地位ですが、「常連客」や「顧客」は一時的に占める地位でなくなっており、次の「恒常的地位」になります。

<恒常的地位>
 「恒常的地位」は、長期間(場合によっては生涯にわたって)占める地位です。その大部分は「構造的地位」になります。
 ドラマでは・・・
「兄」、「妹」、「母」、「娘」、「ピアニスト」、「大学教員(大学の指導教官)」、「会社員」が恒常的地位にあたります。「学生」は「一時的地位」よりは長期にわたるため、「恒常的地位」と考えられます。


 さて、「地位」は人が所属する枠組み(器)=ハードウェアです。それでは器の中身、ソフトウェアは何でしょう。社会学では地位の中身を「役割」と呼んでいます。

 「役割」は、地位に期待され、望まれ、あらかじめ用意された行動様式を指します。安定した社会(戦争や紛争などが生じていない社会)では、地位ー役割が対応しています。

「構造的地位」-「構造的役割」
「対人的地位」-「対人的役割」
「恒常的地位」-「恒常的役割」
「一時的地位」-「一時的役割」

 日常生活の中で我々は相互に相手の地位に対する役割を期待しています。これを「役割期待」と呼びます。
 相互に期待している役割通りに行動することを「役割取得」と呼びます。我々は日常生活の中で役割期待に応えて役割を取得しようとします。役割期待や役割取得は何を生み出しているのでしょうか。
 相手が期待していると考える行動をとることによって、すなわち役割取得した行動を行うことによって、集団や社会、その場の秩序が維持されます。場の雰囲気が崩れないということは、場が安定しているということです。当然、我々の相互の関係も安定します。対人関係が良好な状態で維持されれば、相互に相手を信頼し、安心して生活することができます。もしも相手が期待しているとおりに行動しなければ、相手を「危険人物」だと考え、不安を感じます。

 それではどのようにして役割取得が行われるのでしょう。
 一般に役割取得は同じ地位の人や同じ集団に属する人をモデルにして、相手の行動を「模倣」することによって行われます。たとえば、ドラマの中で啓太は先輩に呼び出されていますが、会社の先輩の行動を模倣することで、会社員としての役割を取得できます。
 あるいは相手の行動に対応することを繰り返すことによって、役割を取得する場合もあります。櫂と沙絵は豊島園でデートします。この時、櫂は沙絵が「姫」であることを発見するのですが、その姫のような態度に対応することによって、櫂は姫を守る「ナイト」のような役割を取得していきます。

 さて地位、特にソフトウェアである役割は我々の行動を規定しているのですが、前回までの講義のテーマであって行為の図式(行為の構造)とはどのように関連するのでしょう。これまでの図式を少し改良して考えてみたいと思います。

 前回までに提示した行為の図式は簡略化されたモデルで、実際のモデルはもう少し複雑です。

       欲求
      (動機)
        |
資源の検討→  |
        |  ←規範
        |   (価値)
        ↓
       目的
        |  ←資源動員
        ↓
       行動

<資源の検討>
 欲求や動機が生じると、すぐに目的が設定されるのではなく、自分がもっている資源にはどのようなものがあり、何に役立てられるのかを検討する段階になります。我々が利用する資源には次のようなものがあります。

物資源
能力資源
社会的関係資源(社会資本)
文化資源(文化資本)
情報資源

資源の検討について次回以降に詳しく説明します。

<資源による目的の限定性>
 これも次回以降に詳しく説明しますが、行為の実行には資源が必要であり、動員できる(利用できる)資源によって設定できる目的が限定されます。ピアノを弾くことができず、練習時間も確保できなければ、「ピアノを弾く」ことに関連する目的を設定することができません。

<規範の検討>
 規範とは、「個人の行為を拘束する力」です。「~しなければならない」あるいは「~してはならない」というような形で行為を規定します。すなわち規範によって行為の範囲が限定されます。たとえ「資源」に限定がない場合でも、「規範」によって行為が限定されることがあります。
 たとえば「殺人」の欲求があったとしても、「殺してはならない」という規範によって行為が制限されます。

 それではもし規範がなければどうなるでしょう。おそらく人間は、資源が動員できる範囲で、欲求のままに行為することでしょう。すなわち規範によって犯罪が抑制され、社会の崩壊が回避されているのです。
 規範によって我々は安定した社会で生活が可能となり、意識しないで決められたパターン化された行為(「~しなければならない」という規範はパターン化された行為を生じさせる)を行うことができます。

 役割は行為を規定する「規範」であり、我々は取得した役割通りに行動することによって、安定した社会生活をおくることができます。我々は規範である役割を取得して、そのとおりに行動することで、円滑に生活しているのです。

 たとえば、「学生」は学生という役割規範に従って行動している限り、社会的に非難されることはありません。しかし「社会人」になってから「学生」のように行動すれば、非難の対象になり、正常な人間としてつきあってもらえなくなるでしょう。

 次回は役割、規範、資源についてもう少し別の事例を紹介してみたいと思います。


 今日は予定していた時間より30分も早く終わってしましました。ここにのせた内容よりも多く話しをしたのですが・・・。結局、私のしゃべりはめちゃくちゃ早いということなのでしょうね。
 ということは次回からはもっと内容を増やさないといけないということです。う~む、質問があれば、どんなに小さな質問でも気軽にしてください。


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コメント 8

1

質問はこのコメント機能を使ってしても良いんですか?
ちょっと良く分からないんでここでさせてください・・・

この講義を受けたんですが、最後に規範の話になったじゃないですか?
規範って行動や判断の基準となる模範なのは分かったんですが
その行動や判断の基準「~してはいけない」「~しなければならない」っていうのは自分で決めた判断だったり基準ってことなんですか?それとも
規範を作り、個人の行為を拘束しているのは社会なんですか?

Exで「殺人」の要求があっても「人を殺してはいけない」という規範によって行為が制限される。とありましたがそれを制限しているのは社会なんですか?それとも自分自身なんですか?
「人を殺してしまったら自分も罰を受けるから殺さない」という考えも規範に入るんでしょうか?規範ってどうやって作られるんですか・・・?

言葉足らずで意味分からなかったらすみません・・・
by 1 (2008-05-16 21:56) 

bunkei

質問、ありがとうございます。ここでかまいません。

「規範はどこからくるのか?」
質問の意図はよくわかります。そしてこれはとてもするどい質問です。実は来週から2回ほどかけてこの問題を取り上げる予定にしています。だからせっかく質問していただいたのですが、ここではお答えできません。来週の授業を楽しみにしていてください。
今週の授業は、自分では意識していなかったのですが、ひょっとしたらたいへん早口になっていたのかもしれません。わかりやすい説明を考えますが、もしわかりにくかったら、ここでも、教室でも、気軽に質問してください。

よろしくお願いいたします!

by bunkei (2008-05-17 08:44) 

1

返事、ありがとうございます!!
来週の授業楽しみにしてます
by 1 (2008-05-17 22:27) 

RR

とても前のことなのですが・・・レポートについて質問してもよろしいでしょうか・・・。
仮面ライダークウガのレポートを期限以内に出したのですが、未だにメールが届きません・・・ドメイン指定などもしておらず、拒否やそのようなものも設定していないのですが、先生からのメールは見つからないのです・・・。
ブログに「もう一度送信」とありましたが、期限が過ぎているのでどうすればよいのでしょうか・・・。
送信ボックスに送信したというメールがあるので、多分お手元に届いているとは思うのですが・・・。

よろしければ回答をお願い致します・・・友達も届いていないといっていたので不安の真っただ中です・・・
by RR (2008-05-19 23:12) 

bunkei

先週から体調があまりすぐれないのに、やらないといけないことが多く、書き込みが遅れてしまいました。申し訳ありません。

おかしいですね・・・・。届いたメールに対しては、必ず返信しています。ただ授業中に説明したように、yahoo.co.jpについては、大学のアドレスが「迷惑メール」として処理されるようで、「迷惑メールフォルダ」に移動しています。そちらの方を確認してください。

レポートについてですが、送信済みのメールをレポートを提出されたアドレスから、「転送」してみてください。こちらでもう一度、確認します。


by bunkei (2008-05-21 07:55) 

bunkei

 調べてみました。RRではじまる学生さんということは、3,4年生の方ですね。レポート未提出の人は7名おられます。げげ・・・。1回目のレポート未提出者は全部で11名なので、確率的にはけっこう大きいでしょうね。

 ともかく一度、提出してみてください。トラブルかもしれませんから。まてよ・・・。レポート未提出者がこんなに少ないのは、初めてのような気がします。これまではぞろぞろ未提出で、レポートの添削が楽だったのですが・・・。きついです。


by bunkei (2008-05-21 18:56) 

RR

返答ありがとうございます・・・私は4年生の学生です
私はヤフーのメールからしてしまったので、もしかしたら迷惑メールになっているのかしれません・・・
今度は明日、学校のメールからもう一度送ってみます
本当にすみません・・・!

私はヤフーからですが、友達は女学院メールを利用していました
送信ボックスにもしっかりメールが残っていたみたいですから、友達の方はもしかしたら受信が遅れているのかもしれないと思っています・・・
2人でもう一度送信してみます
体調のすぐれない時に本当にすみません・・・
by RR (2008-05-21 19:41) 

bunkei

RRさんからのメールは確かに受け取りました。
返信はヤフーメールからしましたので、きちんと受信できていると思います。

お友達のメールは大学のメールですか・・・。う~む、ともかく再送信を待ちます。返信のメールが迷子になっただけかもしれません。


by bunkei (2008-05-22 08:14) 

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